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宗教法人 日本キリスト教団

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近藤誠牧師プロフィール

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 神戸多聞教会のウェブサイトを訪問してくださいましてありがとうございます。幼いころからピアノを習っておりましたが、現在はオルガンを弾くのが趣味です。神戸多聞教会には、二段の手鍵盤と足鍵盤を備えた電子パイプオルガンがあるので、ときどき練習しています。教会の働き以外にも、学校や刑務所などにも関わって来ました。また、サンフランシスコに4年半滞在しました。神戸にお立ち寄りの際は、どうぞ気軽にご連絡ください。→詳細はこちら


神戸多聞教会 月報コラム


アーカイブ:2016 2017 2018

2019年12月号「救いを待つ喜び」

 アドベント(Advent/Adventus)とは「キリストの到来」を表す言葉で、教会暦でいうところの待降節を意味します。アドベンチャー(Adventure/冒険)の語源でもあって、こちらには「思いがけない出来事」という意味も含まれています。クリスマスが近づくと、ドキドキ、ワクワク、ソワソワする人もおられるかもしれませんが、それは冒険のように胸が踊っているのです。一方、アドベントの起源は、公現日に洗礼を受ける予定の者が、断食と悔い改めを行う準備期間だったと言われています。典礼色として紫が使われるようになったのはこのためでもあります。私たちは悔い改めつつ、しかし同時に、救いの喜びが成就することに希望を見出すのです。

 さて、クリスマスがサンタクロースとそのプレゼントに乗っ取られてしまって久しいですが、私自身も小さい頃、12月24日の晩にワクワクしながら眠ったものです。プラモデルやテレビゲームなどが欲しくて仕方がなかったので、25日の朝に「目覚まし時計」が置かれていた時には、ちょっと悲しくなりました。その時計は木の形をしていて、設定した時間になると上部の小さなハトが羽ばたきながら鳴くのです。この時計はもう実家にも無いようですが、今もその鳴き声を思い出すことができますし、暖かい小さな思い出になっています。

 ただ、このような喜びの出来事が、当たり前のことではなく特別なことだったことに気づかされたのは、もう少し大人になってからです。誰かに愛され、誰かにプレゼントをもらうということは、時代や地域事情によってはとても難しいことです。だからこそ教会に集う私たちは、神に愛され、独り子であるイエスさまを地上に送っていただけることを真実の喜びとして、アドベントを過ごし、クリスマスにおいてお祝いしているのです。しかも、本来私たちにはプレゼントをもらう資格が無いにも関わらず、「神は我らと共におられる(インマヌエル)」こと、そして罪が赦される証しとして、救い主が与えられるのです。

 イエスさまがお生まれになったのは2000年も前のことです。けれども、私たちがお祝いするのは、単なる過去の記念ではありません。イエスさま生誕2019周年を祝うのでもなく、今年また新たなイエスさまが生まれるのでもありません。私たちは時代を超えて、神の愛の証しであるイエスさまを今、教会の暦の中で自らの救いの希望として待ち望みつつ、しかしその到来は確実だということを大いに喜ぶのです。また、誠実に悔い改めつつ待ち望むことなしには救いの喜びもありません。アドベントの期間、しっかりと自分を見つめ直し、祈りつつ、クリスマスを迎えたいと思います。

2019年11月号「共働バザー」

 神戸多聞教会のバザーは11月4日(月)ですので、いよいよ準備も慌ただしくなってきました。ご参加、ご協力をよろしくお願いいたします。廊下の掲示板にも、近隣の教会で催されるバザーのチラシがいくつか貼り出されています。お時間のある方はぜひ訪れてくださればと思います。

 “バザー”の語源はペルシャ語の「bazar/バザール」から来ており、イスラム文化圏での市場を意味する「bazaar」という言葉につながっています。キリスト教文化圏では意味が転じて、売り上げを献金したり、あるいは慈善活動に寄付する目的で行われます。日本でもかつては「慈善市」という言葉があったようです。公共団体や学校、慈善団体でも活動のための資金集めをすることもあります。何れにしても、主催者側の働きはボランティアで、あちこちから無料で提供された品物を展示即売するのが基本です。

 私もこれまで、様々な場所でバザーに関わってきました。綿菓子、コーヒー、たこ焼き、焼き鳥、子供たち向けのゲーム等々です。準備から当日の奉仕、後片付けに至るまでとても大変ですが、そこに集う人々と共に汗を流し、時には意見をぶつけ合いながらも何とか無事に終え、心地よい達成感を感じることもできます。

 サンフランシスコの教会にいた頃には、毎年チキン・テリヤキ・バザーがあり、皆で鳥の半身を処理し、それをボランティアの方々が一晩中かけて照り焼きにしてくださいました。ちらし寿司用の大量のご飯もほとんど朝まで寝ずに炊き、酢を合わせたことを思い出します。ただそんな思い出のバザーも、今年の6月(第52回)で最後だったと聞いています。残念…。



 バザーのたびに、共に働くこと、共に仕えること、共に生きることの大切さを覚えます。私たちの神への信仰は、「神と私」という一対一の関係もさることながら、やはり「神と私たち」で養われるものだと思います。というのも、「神の国はあなたがたの間にあるのだ」(ルカ17:21)と教えられるとき、私たちは一人ではあり得ないからです。また、神は私たち一人一人と関わってくださると同時に、民全体を導かれる方として聖書にあらわされています。 バザーだけでなく、教会で行われる奉仕は誰か一人に任せ切るのではなく、どんなことでも共働の業となっていることが理想です。「共働」は学術用語で「シナジー(集団のエネルギー)」と訳されます。シナジー効果を発揮して頑張りましょう!

2019年10月号「SDGsとは」

 9月20日、世界163カ国400万人以上の人々が国連の温暖化対策サミット前に一斉にデモを行いました。同23日、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさん(16歳)はサミットで演説し、日本でも話題になりました。彼女の激しい口調は強烈なインパクトを人々に与え、賛否両論を巻き起こしているようです。パキスタンのマララ・ユスフザイさん(17歳でノーベル平和賞受賞)のように、大人が子供を利用しているに違いないと知ったかぶりする意地悪な人もいますが、情けない話しです。物申せば批判を受けることは世の常ですが、“大人気ない”ですね。

 グレタさんは何か新しい問題について訴えているわけではなさそうです。例えばアメリカの海洋生物学者レイチェル・カーソンは、『沈黙の春』(1962)という著書によって環境汚染の問題を指摘しましたし、これまで多くの有名無名の人々が地球環境保全のために力を尽くしてきました。グレタさんもその一人で、去年の8月から毎週金曜日に学校を休み、たった一人でスウェーデンの国会議事堂前で座り込みを始めました。この活動が世界中の若者の共感を呼び、インターネットで拡散(不特定多数に知らせる)されたのでした。各国の為政者は彼らの口を封じるのではなく、誠実に向き合う度量を見せてもらいたいものです。

 また、グレタさんは「大人」の無策、無責任について鋭く批判しておられますが、いわゆる「大人」の側にも問題意識を強く持っている人々はいます。国家間の政治的軋轢についてはともかく、2015年の国連サミットで採択された“持続可能な開発目標”(SDGs=Sustainable Development Goals)では、非常に高い国際目標が掲げられました。@貧困A飢餓B保護C教育DジェンダーE水・衛生FエネルギーG成長・雇用HイノベーションI不平等J都市K生産・消費L気候変動M海洋資源N陸上資源O平和P実施手段の17種により構成されています(日本の外務省Web参照)。2016年から2030年までに全て達成させるべき目標だそうですが、残念ながら前途多難のように感じざるを得ません。

 旧約聖書では神が人に「地を従わせよ、すべて支配せよ」(創1:28)と命じておられますが、この御言葉の本質には、神が造られた「極めて良い」(創1:31)世界を私たちが守り抜かなくてはならないという責任が含まれているように思います。与えられたものを人間が自己中心的に貪り尽くすのではなく、神の恵みを享受しつつ、他の被造物との共生を考えなくてはなりません。遅きに失し、どこか他人事のような態度で臨んでしまうことばかりですが、16歳の必死の叫びを虚しいものにしないために、私たち自身の意識を変える良い機会にしたいと思います。

2019年9月号「人的互助」

 今月から尼崎教会の“主任担任教師代務者”を引き受けることになりました。勝手に無牧の教会を助けるのではなく、教区の承認を得る決まりになっています。後任を迎えるまでの牧会を担う責任を負うことになります(教団教規109条)。私の場合、役員会とその他の打ち合わせのために月2回、尼崎へ出かけます。説教については幾人かの先生に依頼しておりますが、これまで多聞教会も、牧師交代の合間が生じた場合には近隣の先生に代務や説教をお願いし、滞ることなく礼拝を守ることができたのでした。

 一方、兼務/兼牧という体制もあります。これは一時的なリリーフではなく、複数の教会の牧師として同時に就任するということです(同111条)。近年、代務や兼務の教会・伝道所が増えているように感じますが、実態は教師の減少ではなく、教勢低下による財政規模の縮小がほとんどです。また、以前は伝道師を招聘できる体力のあった教会も減り、神学校を卒業していきなり主任担任教師を任されるケースも増えてきました。伝道師時代に先輩牧師や教会の皆さんに指導していただいたことが私にはとても大事な時間だったことを思えば、少し残念な気もしています。

 こういった課題に対して兵庫教区は、他教区の方式を学んだり、各集会で勉強会を開いたりしながら互助連帯のあり方を見直そうと努力しています。ただし、潤沢な資金があるわけでもなく、誰もが納得するような結論を導き出すことは難しい状況です。限界の見える献金による互助以外に、私たちにできることはないのでしょうか。

 代務、兼務はその一つの方法です。教会・伝道所の合併や閉鎖も顕在化しつつある今、私たちの礼拝さえ守ることができれば良いというわけにはいきません。思い切って日曜日の午後や土曜日に礼拝の時間を変えておられたり、止むを得ず過去の説教テープでの礼拝を守っておられることもあります(れっきとした礼拝です)。互助のあり方を検討する上で優先されるべきことは、まずは同じ信仰をもつ誰もが等しく、どの教会・伝道所においても安心して神に礼拝を捧げることができることだと思います。私が代務を引き受けることも、地域に仕える多聞教会にとっての互助活動の一環となるようにと願い、祈っております。

2019年8月号「イエスさまならば」

 世界全体の空気が淀んでいるような気がします。これは今に始まったことではないのですが、ここ数年、国家規模の不穏なニュースばかり流れてきます。この鬱屈した気分が人々の心を蝕み、個々人が自分を守るために汲々とし、保守的になり、そんな空気を利用した政治的な試みがすんなりとまかり通ってしまう恐れさえ抱きます。少数の意見がかき消され、大勢に流されない存在は異物として排除されてしまいそうです。

 しかし私が最も恐れるのは、それぞれの内心にまでそのような空気が流れ込み、自分なりの良心を基盤とした確信が容易に揺らいでしまうことです。むしろ、気づかないうちに変えられてしまっているという危険もあります。普段は地上の平和を求めて祈っているのに、いつの間にか心が頑なになり、自分のための平和だけを確保しようとする誘惑が襲ってきます。

 こんな時、イエスさまだったらどう考えるだろう、どう行動されるだろうかと考えます。イエスさまの時代、イスラエルはローマ帝国の支配下にあり、ユダヤ教の神殿もそれにおもねっていたようです。ヘロデの罪を指摘した洗礼者ヨハネは殺され、神の国運動を開始していたイエスさまも、危険思想の持ち主として常に監視されていました。それでもイエスさまは日々祈り、神のみ心を尋ねながら歩まれました。

 弟子の中には、イエスさまを慕って集まった人々と共に武器を取り、立ち上がろうと目論んでいた者もいたでしょう。イエスさまをダビデのような力ある王とし、救世主として祭り上げる計画もありました。しかしそのような人間的な打算を、イエスさまはいつも退けられました。そして、人間の目には最も愚かに見える十字架という道を選ばれたのでした。

 イエスさまが示してくださったのは、「ご自分の命を捨てる」ことによって与えられる神と人との和解でした。私たちは、イエスさまに倣って自分を捨てることができるでしょうか。保身ではなく、隣人のために痛みを負う覚悟を持つことができるでしょうか。心の弱い私たちにはなかなか容易ではありません。それでもなお聖霊の助けによって、支え合い、赦し合う歩みを選び取り、平和を強く求め続けることができるようにと祈りたいものです。

2019年7月号「極めて良かった」

 父は農家出身ということもあってか、以前から休耕田を畑として借り、様々な作物を育てています。私は時々実家に帰っては、手伝いもろくにしないのに収穫の恵みを分けてもらっています。ちょっと雑草でも抜こうかと珍しいことをしようとすると、途端に雨が降る始末です。玉ネギやジャガイモはもちろん、菜っ葉や豆など、季節のものはやっぱり美味しいですね。畑だけではなく、庭でもいくつかの果物ができます。私もいつかは土いじりをしてみたいものです。

 そんな父から去年、「月下美人」(メキシコ原産サボテン科)という花の株を分けてもらいました。何度か咲いたところを見たことはあったのですが、自分の家で咲かせることができるのかわかりませんでした。というのも、受け取った当時は30センチほどの茎と、数枚の緑の葉っぱだけでしたし、直射日光を避ける、水をやり過ぎないこと、霜に当たらないようになど、気をつけなくてはならない点がいくつかあるからです。

 結局のところ、冬の間は室内の窓際に置き、暖かくなってからはベランダに置き、ほとんど放置していたような状態でした。ところがいつの間にか1メートルを超えるほどに育ち、葉も次々と増えていきました。そして6月の初め頃に突然、葉の先から赤いつぼみが顔を出したのです。4つのつぼみのうち、残念ながら2つはあっけなく落ちてしまいましたが、残ったものはぐんぐんと成長し、ほぼ二週間で開花してくれました。

  

 月下美人の特徴は、夜に咲き、朝には萎んでいることです。一晩しか咲かないので、10メートルほどにも広がる香りを放ち、(本来は)小型コウモリを呼び寄せて受粉を手伝ってもらうのだとか。うまく手入れをすれば、一年に何度か咲くこともあるそうです。現在、牧師館のベランダでは花のほかに、ミニトマトと賀茂茄子を育てています。プランターでの賀茂茄子栽培は無謀のようですが、それでも収穫が楽しみです。

 古代イスラエル人は、天地を創造された唯一の神を信じました。人間はどこから来たのか、私たちは何者かという問いに対する答えの一つです。そして、「見よ、それは極めて良かった」(創1:31)という証言は、世界の存在が“肯定”されていることへの私たちの信仰であり、希望です。私たちは自然の美しさに心を奪われたり、あるいはその脅威に畏れを抱く時に神の存在を感じることがありますが、それは私たち自身がやはり、神によって造られたものだからなのかもしれません。

2019年6月号「ワークショップ」

 講師から話を聞くという受動型のセミナーと違い、受講者が具体的な体験を通して学習するワークショップは能動型です。教会の修養会でも、講師による講演を聴いた後に分団でやってみるということがありますが、これはワークショップ形式のセミナーにあたります。私は意外なところでこの“ワークショップ”という言葉を見つけました。それは『マーティン・ルーサー・キング』(黒崎真著)にありました。

 キング牧師暗殺から51年を数えますが、高校の聖書科演習としてガンディーとキング牧師について学んでいます。キング牧師の運動にまつわる出来事として思い浮かぶのは、やはりローザ・パークスの逮捕を発端とするバスボイコット運動でしょう。私はこの逮捕が、42歳の裁縫師であったローザが白人乗客に席を譲らなかったことで偶発的に起こったものだと思い込んでいたのですが、実際はバス内の人種差別慣行をめぐる訴訟を起こすために入念に計画されたものでした。逮捕の連絡を受けたキング牧師は即座にボイコット運動に賛同し、公民権運動に深く関わっていくことになります。ところでこの事件は私が生まれる前に起きたのですが、多聞教会の皆さんは当時、新聞などのメディアを通して彼らの革命的な運動を伝え聞いておられたのでしょうか?

 公民権を勝ち取るための非暴力・非服従運動は、決してキング牧師一人で始まったものではありません。ガンディーの南アフリカやインドにおける活躍は、各地で虐げられている人々の希望となっていました。しかし実際は、「誰かがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(マタイ5:39)との御言葉に私たちが戸惑うのと同じように、誰にでもできるものではありません。ガンディーもかつてインドで失敗し、多くの同胞を死なせてしまったことについて、「ヒマラヤよりも大きい過ち」だと述べています。

 非暴力・非服従は単なる精神論ではなく、しっかりとした学びが必要であり、その人の生き方そのものとして習得しなければなりませんでした。黒人牧師ジェームズ・ローソンは、インドで非暴力の哲学と戦術を学び、米国に帰国した後に「非暴力ワークショップ」(1956-)を開催します。黒人と善意ある白人学生を中心に、半年以上に及ぶ体験学習を受け、自尊心を獲得し、非暴力の有効性を認識し、そして具体的なロールプレイ(強烈な暴言や暴力を演技で体験)するという三段階を踏まえ、ようやく熟達したリーダーとして運動を導くことができるようになっていくのです。

 礼拝は、信仰に生きるためのワークショップとも言えそうです。私たちは聖書から様々なことを教えられ、そして兄弟姉妹との交わりを通して具体的な愛と赦しの体験を重ねていきます。こうして主イエスの示された愛を私たちの揺るぐことのない「生き方」とし、それぞれの生活の現場で神の国運動の担い手となるのです。ペンテコステを機に、ますます能動的に、愛の御業に参与する者として歩んで参りたいと思います。

2019年5月号「4年目を迎えて」

 私は2016年5月に多聞教会に着任いたしましたので、これで満3年となりました。何か特別なことができたわけではありませんが、兎にも角にも毎週滞りなく礼拝を守ることができました。また、皆さんそれぞれに理想の牧師像はお有りかと思いますが、いつも私の至らない部分をお支えいただき、この場をお借りして感謝申し上げます。礼拝や各集会、牧会訪問などを通して、ようやく教会の全体像が掴めてきたような気がしております。皆さんの側からも、私の長所短所が見えてきたことでしょう。

 これまでいくつかの教会にお仕えしてきましたが、大抵3年ぐらいたつと、教会内だけでなく地域との繋がりが増えてくるのが普通です。地区や教区での働きもそうですが、学校や施設などに呼んでいただけることもあります。これまで、非常勤講師や教誨師などを引き受けてきました。私としては、教会での働きに支障が無い範囲において、大げさに言えば「多聞教会の牧師」という意識をもって出かけることにしています。

 何れにしても、牧師にしても信徒にしても、自分たちだけで信仰生活を守り、日曜日に閉じこもって礼拝をしているだけでは宣教できません。それぞれが生活の現場で証ししていくのはもとより、教会として、地域社会のニーズに応える形で仕えていくことが重要です。私は多聞教会に着任してからというもの、ここで何ができるかということを考え続けています。同僚の牧師たちも与えられた任地で知恵を絞っているようで、子ども食堂とまではいかないまでも牧師カフェを開いていたり、TwitterをはじめとするSNS(インターネットでの交流)を駆使している教会もあります。ただ、しっかりと教会のポテンシャルや地域性を把握しておかなければ、隣の芝生を単に真似るだけでは失敗してしまいます。当然、祈りに根ざしていないと物事は成りません。

 4月28日の教会定期総会では、教勢報告や会計報告がなされます。数字だけを見れば、全体的に下降気味なことは明らかです。私自身は多聞教会と比べて規模が大きな教会やそうでない教会にもおりましたので、必要以上に一喜一憂しないように心がけておりますが、それでも多聞教会に資する働きができるようにと祈り願っているところです。新しい動きも出てきています。教会で予定されている様々な行事も、皆さんのご協力が不可欠です。オープンチャーチや讃美歌を歌う集いといった小さな働きも、やっていて良かったと思えることが与えられています。継続は力なりを実感しています。

 「神はすべてを時に適って麗しく造(られる)」(コヘレト3:11)お方であることを信じるなら、私たちはどのような苦労があったとしても、その中に喜びと幸せを見つけることができます。パウロは、「万事が益となる」(ローマ8:28)となる信仰に立って福音宣教に励みました。私たちもまた、多聞教会の142年目を主が導いてくださるという信仰を抱きつつ、歩む者でありたいと思います。

2019年4月号「教会学校成人科」

 日曜学校、教会学校、CS(チャーチ・スクール)、子どもの教会などと呼ばれる、子ども向けのプログラムをもっている教会があります。その起源は18世紀半ばのイギリスまで遡ると言われていますが、日本でもプロテスタント教会の発足とほぼ同時期に始まっています。日本では江戸時代、寺子屋などが庶民の子どもの読み・書き・計算や初歩的な道徳教育まで担っていましたが、教会学校も同じような存在だったようです。

 教会学校は、「子供たちをわたしのところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである」(マタイによる福音書19:14)と言われたイエスさまの言葉に支えられた活動です。一般的には、子ども向けの礼拝を守り、その後に各年齢に合わせた分級活動(幼稚科、小学科、中高科など)で学んだり遊んだりして過ごします。私も小さかった頃、中高生たちが何か作ったりしているのを、「お前はまだ小学生だからダメ」などと言われながら羨ましく見ていたものです。そして大学生や神学生になると今度は教師の立場になり、礼拝や分級の準備、夏休みのキャンプやクリスマス・ページェントの計画など、忙しくも楽しく過ごした思い出がたくさんあります。

 “学校”というネーミングがふさわしいのかという議論もあり、子どもの教会と改称したり、教師ではなくスタッフと呼び変えたりしているところもあります。信仰を一方的に教育するのではなく、礼拝や活動を通して主体的に神と出会っていくことを願ってのことでしょう。大人と子どもが共に礼拝を守るところもありますが多くはありません。附属幼稚園などがある教会では今でも子どもが集まりやすい傾向があるように思います。神戸教会や西宮教会には、100人を超える子どもたちが集まっているのだとか。

 但し全国的な動きとしては、カルト宗教の社会的犯罪、少子化、子どもの多忙化といった様々な要因が重なり、各地の教会学校は壊滅的な状況におかれています。とは言え教会には時折、かつて教会学校やキリスト教主義学校で聖書に触れたことのある方が来られますし、「青春の日々にこそ、お前の創造主に心を留めよ」(コヘレト12:1)という言葉があるように、蒔かれた種が成長して信仰の実を結ぶことも少なくないのです。青少年の心の柔らかいうちに神と出会えることは、大きな恵みなのです。

 そんな中、最近いくつかの教会で「教会学校成人科」が立ち上げられています。実は洗礼を受けた大人のクリスチャンであっても、案外キリスト教の基本的なことをよく知らなかったり、今更聞くのも恥ずかしいということもあります。そこで、誰でも子どものような素直な気持ちで、初心に返り、簡単なところから易しく学ぶことができる場を作っているのです。多聞教会でも、例えば日曜の朝9時(月一回程度)から、大人向けの教会学校をやってみてはどうかと思いますがいかがでしょうか。まだ何も具体的には決めておりませんから、皆さんのご意見をお待ちしています。

2019年3月号「翻訳聖書あれこれ」

 2月某日、関西学院会館に於いて開かれた神学セミナーに参加しました。テーマは「聖書と現代」ということで、昨年末に発行されたばかりの聖書協会共同訳聖書にまつわる講演を聞くことができました。

 現在、神戸多聞教会の礼拝や聖書研究などで用いているのは、受付に備え付けてある新共同訳聖書です。しかし全ての教会が同じものを使っている訳ではありません。聖書はもともとヘブライ語やギリシャ語が原典ですから、それを私たちが日本語で読めるようになっているのは誰かが翻訳してくれたからです。1872-87年にかけてヘボンらによって翻訳された『明治元訳聖書』にはじまり、『文語訳聖書』(1937年に日本聖書協会が版権を得る)、『口語訳聖書』(1951-55)、『共同訳聖書』(1972-78)、『新共同訳聖書』(1978-87)、あるいは『新改訳聖書』(いのちのことば社, 1962-70)、『新改訳聖書2017』、『岩波委員会訳聖書』(1995-2004)などがあり、そして2018年12月には『聖書協会共同訳』が発行されています。教会や個人がどの翻訳聖書を選ぶのかは自由です。(新共同訳は全国でシェア6割を占めているとか。)

 ところで、どうしてこのように何度も翻訳が繰り返されなければならないのでしょうか。それは、教育現場で用いられる教科書が改定されていくのと似ています。神学研究の成果が反映されなければなりませんし、変わりゆく日本語に対応させていく必要があります。社会の変化に合わせ、差別用語を適当な言葉に置き換えたり、固有名詞の発音に修正が加えられます。その一方で、世界の7,000を超える言語のうち3,362言語への翻訳が完了しており、今後もこの作業は続いていくのだそうです。これらも改定を重ねていくのでしょう。イスラームのクルアーンは、アラビア語から翻訳したものは聖典ではないという決まりがありますが、キリスト教の聖書は全世界の人々が母国語で読めるようになることを目指しているのです。

 私たちは聖書に記された文言を、信仰によって神の御言葉として受けとめています。だからこそ慣れ親しんだ聖句が変わってしまうことに違和感を覚えたり、悲しい気分になることがあります。1954年版の讃美歌から1997年に『讃美歌21』が発行された時も大きく戸惑いました(もう22年も経っているのですが)。とは言え、聖書の原典そのものはすでに失われており(写本のみ)、その意味においてもどの聖書も“完璧”にすることはできないのです。どれほど古い原典が見つかったとしても、それ自体が時代の制約を受けた文言ですから、そのまま逐語的に受け取ることはできないでしょう。しかしそれでも、今も昔も変わらず神の御言葉は私たちの信仰を導き、生きて働いています。私たちはどのヴァージョンの聖書翻訳を読んだとしても、聖書記者や写本制作者、翻訳者の背後におられる神に注意深く心を向けつつ、聖書に親しみたいと思います。

2019年2月号「確かな富」

 24年前の1月17日、阪神淡路大震災が起こりました。被災の記憶が風化しつつあることが懸念されておりますし、神戸の街は復興を遂げたように見えます。けれども、心に深い傷を負い、悲しさや悔しさを覚えて歩まれている方々にとっては決して昔話ではないということを心に留めたいと思います。そして同時に、日本の各地で、あるいは世界中で大規模な災害が頻発していて、その度に新たな被災者が生まれ、私たち自身もいつどうなるかわからない不確かな歩みの中にあるのだということを知らされています。

 神戸栄光教会を会場に守られた今年の追悼礼拝の後、当時のことを改めて調べてみました。それは、阪神淡路大震災で人々が救助された方法は、自力で脱出が35%、家族が32%、そして友人やご近所が28%だったということです。一方、警察や消防、自衛隊など、公共の救助は僅か1.7%でした。結局のところ、ほとんど全ての人が地域社会の助け合いによって救い出されたのです。

 私たちは周りに、大きな災害が起こった時に頼れる人がいるでしょうか。逆に、周りにどんな人が住んでいるのか、助けを必要とされるだろうという方を、どれくらい把握できているでしょうか。隣近所のことさえよくわからないのが実情かもしれません。ひと昔前までは、自治会や子ども会、近所のお祭りなどで顔馴染みができやすい環境があったのですが、なかなかそういうことも難しい時代になっています。

 先日のニュースで、宮城県のある母親がミルクを買うお金もなく、生後2ヶ月の赤ちゃんを衰弱死させた容疑で逮捕されました。他にも、助かるはずの命が失われる同じような事件を度々耳にします。私たちの身近なところに、誰にも相談できずに、助けを求める方法もわからずに苦しんでいる方がおられるのだということです。“せいあい善隣カフェ”という子ども食堂を見学に行ったばかりだったので、ますます残念で悲しいニュースでした。やはり、人と人との関係性が希薄になっていることの表れではないのかと危惧しているのです。

 聖書では、この世の富とはいつまであるか定かでない富であり、私たちにすべてのものを豊かに与えて楽しませてくださる神に望みを置くようにと勧められています。「善を行い、良い行いに富み、物惜しみをせず、喜んで分け与えるように。真の命を得るために、未来に備えて自分のために堅固な基礎を築くように」(Iテモテ6:17-19)とあります。私たちは改めて主イエスの教えに従い、隣人を愛し、金銭に変えることのできない確かな富を積み、それによって社会の中で起こる悲劇を少しでも防ぎ、無くしていく生き方を心がけたいと思います。

2019年1月号「良いものを継ぐ」

 「会衆主義教会」(組合教会)という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。何を隠そう、神戸多聞教会はこの会衆主義の流れを汲む教会の一つです。会衆主義教会研究会が発行する「会衆主義教会パンフレット」によれば、その特徴は自由・自治・独立です。細かい説明は省きますが、16世紀の英国国教会、スイスの改革派教会、そしてピューリタン運動の流れから1581年に最初の会衆主義教会が設立されました。その一部が1620年に米国に渡ることになります。

 日本では1874年、アメリカン・ボード(海外伝道団体)のグリーン宣教師によって、摂津第一公会(現神戸教会)が設立され、1877年には神戸多聞教会の前身である多聞講義所が誕生します。日本基督伝道会社(1878)、日本組合基督教会(1886)と、徐々に会衆主義教会の組織が整えられていきます。これはその後、戦時下(1941)に日本基督教団として合同することになりましたが、基本的に同志社大学出身の教師を召聘するなど会衆主義の精神を受け継いでいます。

 会衆主義教会に集う信徒は、神以外の権威や仲介物を必要としません。そしてキリスト者同士で信仰の契約に基づく共同体としての教会を形成し、その中から特別に神の言葉を語る職務として教師が立てられます。教師には説教と聖礼典の執行が委ねられますが、あくまでも信徒のうちの一人として数えられます。教会の意思決定には会衆全員が関わることが求められ、総会や全体協議会が大切にされます。日本社会のありようもあってか、とかく教師主導型になりがちですが、自由・自治・独立の精神は一人一人がその責任を果たすことによって担保されるのです。会衆主義は誰も“お客さん”ではいられないという意味では厳しい側面もあると言えるでしょう。

 多聞教会で信仰を育んだ人たちの中には、神戸訓盲院(現兵庫県立盲学校)を設立した左近充孝之進、同院長を務めた今関秀雄、神戸愛隣館(免囚保護事業)を創立した村松浅四郎、神戸孤児院(現神戸真生塾)院長を務めた矢野穀(正しい漢字はこちら)、現ライオン株式会社を創業した小林富次郎らがいます。彼らはキリスト教会の教える愛を柱に、また会衆主義の精神を信仰生活の中で取り入れつつ、社会に貢献することができたのだと思います。もっとも142年の歴史があれば、特別な働きを担った人物が幾人か現れても不思議ではないでしょう。しかし、彼らの熱心には学ぶべきこともあります。

 21世紀を生きる私たちは、それぞれに与えられた賜物をどのように活かすことができるでしょうか。もちろん、事業を起こすような大それたことは難しいですし、社会的名誉が欲しい訳でもありません。ただ、神さまは私たちに何を求めておられるのか、折を得ても得なくてもみ言葉を宣べ伝えるとはどういうことなのか、隣人に仕える術を共に尋ね求める一年になればと願っています。


Kobe Tamon Church神戸多聞教会

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