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宗教法人 日本キリスト教団

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3-12-14

月報コラム2017

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2017年12月号「さやかに星は」

 私はおよそ月に一度、大津市の実家に帰ることにしています。そこは琵琶湖の最南端であり、南郷洗堰(瀬田川洗堰)のそばです。幼稚園の年長組あたりから高校を卒業するまで暮らしましたが、今は一軒家に両親だけで住んでいます。以前は、近隣に造成された新興住宅地があり、私が通ったのもマンモス小学校でした。しかし時代は過ぎ、近所でも子供の声が聞こえなくなっているようです。帰るたびに母が「静かでしょう」と言います。夜は本当にシーンとして虫の声だけが聞こえ、星が良く見えます。

 一方で、私の住んでいる牧師館は多聞教会の二階です。交通量の多い有馬道に面していて、ほぼ一日中、夜中も含めて車の音が聞こえていますし、トラックが通ると建物が揺れます。また、神大病院が受け入れる救急車もしょっちゅうです。夜もあちこちの電灯で明るく、真っ暗になることはありません。空を見上げて星を見るということが減りました。都会育ちの方にはこれが当たり前なのかもしれませんが、昼は明るく、逆に夜は暗く静寂が訪れるという経験が少ないのだとしたら、もったいないなぁと思います。都会の生活は便利だけれども、何かを犠牲にしているという感覚もあります。あ、また救急車が来ました!(運ばれている方が無事だと良いですね。)

 決して牧師館での生活に不満があるわけではなく、都市部に住むということと、田舎に住むということの違いを述べたまでです。しかし私が思うのに、この人口的な光によって目が眩み、本当に美しいものが見えづらくなってしまっているかもしれません。もしかするとこの明るさが、自分の内側にある暗闇をも認識させづらくする作用があるのではないか、あるいは喧騒が天使の歌声をかき消しているのではないか、と。

 クリスマス物語では、全くの暗闇の中で、羊飼いや占星術の学者たちが星に導かれたことが描かれています。希望の光が、現世(うつしよ)の光で見分けがつかなくなっていませんか。彼らを導いた夜空にさやかにきらめく星は、私たちがそれぞれもっている闇を素直に見つめ、受け入れなければ、見出すことができないのかもしれません。

 真っ暗でいいじゃないか、賑やかでなくてもいいじゃないか、と思います。それでこそ見つかる光、そして聞こえる賛美の歌があるのです。私たちに与えられるクリスマスは、そのような真実の希望があることをこの世へ“証し”する、素晴らしいチャンスです。メリー・クリスマス!

2017年11月号「愛道家イエス」

 どこにも「愛道」なんていう言葉はないのですが…。以前、100歳を超える日系アメリカ人の方が、日本でキリスト教が広まらないのは、「キリスト教」という外来語を意味するカタカナを使っているからではないか、とおっしゃったことが印象に残っています。「天主教/カトリック」、「耶蘇教/プロテスタント」、あるいは「基督教」といったように漢字表記にすることで、“外国の宗教”というイメージを払拭したらどうかということだと思います。

  今さらそんなこと、と思われるかもしれませんね。例えば、仏教がもし「ブッダ教」だとしたら、少し抵抗感があります。もともとブッダという呼称には、「目覚めた人」という意味があるそうです。ガウタマ・シッダールタという人が悟りを開き、仏陀と呼ばれるようになりました。釈迦というのは彼の一族の名だそうです。

「神道」はどうでしょう。神道には教祖がおらず、一致した教義や経典はほとんど見受けられませんが、宗教の一つです。儒教は孔子を始祖とする哲学思想で、信仰そのものはありませんが、日本の神道や仏教に大きな影響を与えました。道教も風水や易などで有名です。どれも日本人の倫理道徳を形成するのに一役買っています。

 また、明らかに宗教ではありませんが、花道、茶道、柔道など、「道」という名称を採用しているものは沢山あります。そんなことを思い浮かべながら、イエスを救い主とする「キリスト教」をどう表現するのが良いだろうかと考えてみました。

 史実をたどれば、イエスはユダヤ教徒で、いわゆる新興宗教の教祖ではありません。むしろユダヤ教から離れ、復活信仰を中心としたキリスト教独自の歩みを始めたのは、ペンテコステ以降の弟子たちやパウロでしょう。もちろんのこと、イエスはローマ帝国の支配に対抗する革命の指導者でもありませんでした。では、ルターやカルヴァンのような宗教改革者だったのでしょうか。宮清めの事件や、ファリサイ派らとの度重なる議論においてはそういう見方もできるかもしれません。

 しかしイエス本人ははっきりと、「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14:6)とおっしゃいました。福音書には、イエスが多くの人々を慰め、癒されたこと、そして天の国について教えられたことが記されています。同時に、主が命をかけて歩まれたその道は、十字架への道に他なりませんでした。贖いによる赦しという愛の道を極められたお方、むしろ愛そのものであるイエスの姿が描かれているのです。

 クリスチャンとは、パウロの言う最高の道(コリント13)、すなわち「愛道」を歩み抜こうとしている者であると言えるのではないでしょうか。「求道者」とはよく言ったものですね。

2017年10月号「創立記念の心得」

 教会に所属していますと、当然のことですが毎年、創立記念日を迎えます。私の場合、今治教会で125周年(2004)、宇和島信愛教会で120周年(2008)、パイン教会で130周年(2016)、そしてこの度、多聞教会で140周年(2017)を迎えることになりました。思えば、歴史のある教会にばかり遣わされてきたのですね。

 ただし、「歴史のある」ということについて、私は知り合いの先生に見解を正されたことがあります。キリスト教の2000年の歴史のうち、100年というのはとても若い、新しい教会だということです。それに日本中どこにでも、はるかに長い歴史を持つ神社仏閣があります。日本人にとってキリスト教はまだまだ新しい宗教と言えるでしょう。

 もちろん、古ければそれで良いというものでもありません。ヨーロッパでは教会の建物が売りに出され、バーやレストランになったり、アパートになっていることもあるそうです。改めて、教会という存在が単なる「建物」ではなく、私たち一人一人が教会の体であることを思わされます。いくら神殿があっても、そこで神に祈り、礼拝する人々がいなければそこは遺跡に過ぎないのです。

 一方で、日本のキリスト教の歴史を振り返ってみれば、多聞教会の140周年ということがどれほど祝福されたものであるかに気付かされます。禁教令が発布され、明治維新前後にようやくプロテスタントが宣教活動を始めることができたことを皮切りに、二度の世界大戦、急激な経済成長という荒波の中で、淘汰されることなく歴史を刻んで来ることができました。これが神さまの恵み以外の何によるのでしょう。

 多聞教会では毎月第二日曜日に、その月の召天者追悼をしています。中には、名前の正確な読み方がわからなくなってしまっている方もあります。そういった有名無名、私たちの知り得ない多くの人々が、神さまの導きによって多聞教会に集まり、その信仰を養われ、クリスチャンとしての歩みをされたのです。私たちは、140周年をこの世的な時間の物差しで誇るのではなく、たゆまぬ聖霊の働きにこそ感謝するだけです。その神さまのみ心に、この地で参与させていただいている意味を尋ね求め続けるのが、今を生きる私たちの役割だと言えるでしょう。

 そして時には、(具体的には炭鉱の閉鎖などで)教会としての役割を終えることもあります。しかしそれは、教会員の信仰が足りないとか、神さまの恵みが無くなったというようなこととは全く違います。教会の体はレンガではなく、人です。「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいる」(マタイ18:20)というみ言葉こそが、教会の原点なのです。多聞教会140周年を迎え、ただ感謝しつつ、神さまのこれからのご計画に用いられる喜びを、皆さんと共に味わいたいと思います。

2017年9月号「気候風土と宗教」

 暑い夏が終わろうとしています。今年の立秋は8月7日でしたが、「お盆を過ぎるとクラゲが出るので海水浴は気をつけよう」と言いますし、時節の挨拶も「残暑見舞い」になります。ただ、30度を超える残暑は堪えますね。これからの季節の変わり目で体調を崩すことのないように、十分気をつけて過ごしたいものです。ちなみにサンフランシスコの夏は15-20度でした…(2017年8月26日現地午前5時の気温は12度)。

 この気候風土というものが、実はそこに暮らす人々の文化や人格に大きな影響を与えています。単純に言えば、日本でも北に住む人々と南に住む人々、あるいは日本海側と太平洋側とでは性格が違うように感じたりしますし、きっと方言の成り立ちにも関わりがあるでしょう。宗教も例外ではありません。日本の場合は、神道の行事が農業で用いる暦と連動しています。天皇は稲作文化の暦を司る神主でもあります。天皇家には苗字が無いそうですが、信教の自由は無いのでしょうか。

 キリスト教の場合は、聖書の中に羊飼いや羊が登場しますし、「水」という言葉も印象的に用いられたりします。イスラームの女性たちが、ヒジャーブやニカーブ、ブルカといった服装をするのにも、砂漠地帯の直射日光や砂塵を防ぐという実質的な意味合いもあるのです。他にも、かりゆしやアロハシャツが正装だったり、地域の気候風土と文化は密接な関係にあることがよくわかります。

 そういうことですから、私たちが聖書を味わうときには、中東の気候風土やそこに住む人々の様子(とりわけ古代)のことを思い描きながら読んでみることも必要でしょう。イエスさまが関わった“貧しい人々”が人間としての尊厳を回復するということは、私たちの時代よりもはるかに力強い出来事だったのだろうと想像できます。そして同時に、日本の気候風土、それに加えて歴史的な事象を、日本のキリスト教が独自に教会行事に加えていくということもあって良いのです。

 平和聖日、敬老祝福、召天者記念、収穫感謝などが、私たちの信仰生活のリズムとなり、四季折々の中で神に感謝するというサイクルがあるということにも、大きな意味があります。多聞教会ではその基本として、週毎の礼拝、聖書研究、そして祈祷会が位置づけられています。日本社会にキリスト教が少しずつでも根付いていくためには、クリスマスやイースターばかりでなく、私たちの日常の祈りと賛美を滞りなく刻んでいくことが大切なのだと改めて思わされます。

2017年8月号「平和を求めて」

 皆さんはパスポートを取得されたことがありますか? パスポートはどこの国でも発行されているのですが、その中でも日本のパスポートはとても有力です。というのも、現在ビザ無しで渡航できる国が156カ国(196カ国中)あり、ドイツ、シンガポール(158カ国)、スウェーデン、韓国(157カ国)に次いで、第3位(日本他8カ国)なのです。つまり日本のパスポートを持っているだけで、ほとんどの国に気軽に出かけることができます。ただし労働ビザは別です。

 私がこれまで事前にビザを取得したのは、パキスタンとヨルダンぐらいです。それも申請手続きをするだけだったので、それほど難しいことではありませんでした(ほとんど却下されないという意味で)。それも日本のパスポートが信頼されているからだと言えます。自分で選んだわけではなく、偶然日本に生まれたというだけで、ほとんどの国に自由に行くことができるのです。

 しかしそうではない国もあります。社会情勢の影響もあって、アフガニスタンは22カ国、北朝鮮は38カ国、中国は57カ国、そして台湾は120カ国です。中東諸国はあまり自由が効かないようです。これらの国々の場合でも、ちゃんと申請が通れば良いだけなのですが、つまりは国家としての信頼度のバロメーターになっているとも言えます。さらに国家間の関係性によっては、申請が全く通らない、あるいはそもそも発行されないということもあります。昨今のアメリカが良い(悪い!)例ですが、入国して欲しくない人々を恣意的に制限する方針を打ち出す場合もあるのです。

 日本国籍を持つ人たちは自動的に有力なパスポートを持つことができるので、それが当たり前のことだと思ってしまい、そうでない国があることに気づきにくいのではないでしょうか。私は何も日本を礼賛したいわけではありません。日本もそう遠くない過去に、とても危険な国だったのです。それでも、平和憲法を70年以上保持し続けることで、平和な国として評価され、認知されるようになってきました。もちろんこの平和の裏側には、アメリカの核の傘や、沖縄への負担という不都合な真実があることも否めません。

 私たちが与えられている平和は、まだまだ盤石なものではありません。世界の右傾化の動きも気になります。平和というものは、自動的に与えられるパスポートではないのです。私たちが主体的に平和について考え、学び、守り、必死になって推進していくという強い思いがなければ、あっという間に後退するようなものなのです。綺麗事では終われません。日々、キリストの愛を土台とし、揺るがない心で平和を祈り求めて参りたいと思います。

2017年7月号「開かれた教会」

 教勢が伸び悩む中でよく言われるのは、「開かれた教会を目指す」というスローガンです。ところで教会が開かれるというのはどういう意味なのでしょう。教会の門が開いていること、礼拝堂の扉が開いていれば良いのでしょうか。教会によっては時間帯で扉が開いていて誰でも入場できるようになっているところもありますし、海外などで観光スポットになっている場合は、維持費なども考慮して、入場料(献金)を取るところもあると思います。あるいは、平日は幼稚園や付帯施設の安全確保のために、施錠しているところもあります。ただしこれは、「教会」が「建物」を指している場合のことです。

 私の先輩の著書『キリスト教への扉』(鬼形惠子)によりますと、教会とは「イエス・キリストの名によって、人々が集まり、礼拝や祈りをささげるところ、その集まりを教会といいます。本来教会とは、建物をさす言葉ではありません」と指摘されています。私たちはもちろん便宜上、荒田町3丁目の建物を「教会」と呼びますが、例えばそこに一人も礼拝する人がいなければ、それは教会とは言えないのです。教会を模した結婚式場があちこちにありますが、教会ではないのです。このことを踏まえた上で、私たちにとっての「開かれた教会」とは何なのかを捉えなおす必要があります。

 私は7月から、毎水曜日の午前10時から午後2時まで「オープンチャーチ」という新しい試みを始めることを役員会に提案しました。安全を考慮して、少なくとも私がその時間に待機していることが前提ですが、誰でも礼拝堂の中まで入ってこられるようにします。トイレも解放します。入口の坂に階段を作るのも、私たちのためだけではないのです。また、牧師に相談がある場合は、自由に声をかけていただけるようにします。

 けれども私は、多聞教会の建物の中に神さまがいて、その神さまに会いに来るとか、お願い事をしに来るという意味合いで扉を開くわけではありません。あくまでも、祈りに適した静かな場所、家や職場や学校とは違った空間を提供するという思いがあります。イエスがモーセとエリヤと語り合っている(マタイ17:1-8)とき、ペトロが仮小屋を建てようとしましたが、それは神の栄光を人間の手に確保しようとした誘惑です。私たちの信じる神、またイエスによって示される愛は、世界に充満しているのであって、建物の中に閉じ込められるようなものではないのです。それどころか、「あなたがたは神の畑、神の建物」(Iコリント3:9)と言われている通り、「開かれた教会」とは、私たち自身を開くということなのです。

 他にも、第4水曜日には「讃美歌を歌う集い」を開きます。私としてはこれも、教会に人を集めるためのイベントや、広告とは思っていません。礼拝や聖書研究祈祷会と同じように、祈り、学び、賛美する場所を、私たちが心を開いて用意するということです。私たち自身も養われ、また一人でも多くの人を主が招いてくださるように祈っています。

2017年6月号「言葉の力」

 ヨハネによる福音書はイエスのことを、「初めに言(ことば)があった」と表現しています。ギリシャ語ではロゴス、英語ではワードという表記になっていますが、ここでその解説をするつもりはありません。ただ、「言葉」にはとても大きな力があって、愛を生み出すこともあれば、あるいは逆に破滅をもたらすことがあることを私たちは経験的に知っています。福音書記者が敢えて「言」という文字を用いたのには、言葉のもつ力を強く意識したからこそではないかと思うのです。

 私たちは話すとき、声帯を使って空気を振動させ、それが音となって相手の耳がキャッチします。厳密に言えば、一旦空中に発せられた振動は私たちを離れ、もうそれを中止することはできません。覆水盆に返らず、です。そしてそれがどれほど考え抜かれたものであっても、うっかり発せられたものであっても、その言葉は受け取る側によって意味が変化することがあります。互いに勘違いしてしまうことも少なくありません。だからこそ、言葉とは目に見えない「力」なんだということを、私たちはどこかでわきまえておく必要があります。

 創世記11章に描かれる物語の中で、主(ヤハウェ)が人間の言葉を混乱させ、互いの言葉が聞き分けられないようにしたという記述も興味深いものです。創世記の記者も、やはり言葉の力を意識していたに違いありません。それに呼応したかのように、使徒言行録のペンテコステでは、聖霊を受けた弟子たちが他の国々の言葉で話し出しました。分かたれたものが和解するというようなメッセージとしても受け取ることができます。イエスの示された神の愛が、聖霊によってあらゆる人々に力ある言葉として語られていくということが表されているのです。

 私は日本語で話す時よりも、つたない英語で話す時の方が、より言葉を選び、慎重になります。言葉が通じる時よりも通じない時の方が、心が通じることがあります(目も当てられない誤解を生むこともありますが!)。身振り手振りだけでなく、誠実さ、熱心さというものが互いに伴って初めて、本当の意思が伝わります。そういう意味で、私たちはもっと「言葉の力」とその用い方について意識する必要があるでしょう。「口から出て来るものは、心から出て来るので、これこそ人を汚す」(マタイ15:18)というイエスの厳しい言葉も胸に刺さります。

 私たちの教会においても、聖書のみ言葉、賛美、祈り、説教の中に、目に見えないけれど具体的な、聖霊の働きがあるようにと祈っています。そして、私たちの何気無い日常の会話においても、互いに愛し、人を助け、励まし支え合うときにこそ、確かに聖霊の力が働いていることを覚えておきたいと思います。

2017年5月号「生きている言葉」

 私は行きがかり上、“学校”と名のつく場所をいくつも卒業しました。幼稚園と自動車学校を含めてなんと10校。勉強が好きなのですね、と言われることがありますが、謙遜ではなく、とてもそんなことは言えたものではありません。両親や先生たちには非常に申し訳ないことで、あまり勉学に身が入っていませんでした。アルバイトをしたり遊んだりしている合間に、ギリギリになって間に合わせのテスト勉強をするといった情けない具合でした。要領良くやっていたように見えて、「あの時もっとちゃんとしていれば」というありがちな悔いが残っています。

 そんな私でも、2013年の夏から今月まで在籍していた太平洋神学校での学びは、これまでとは違っていました。授業はほとんどが発表と議論形式で、読まなければならない本の量と学期末レポートの枚数が私には未体験でした。牧師やチャプレンが働きながら学ぶコースだったので、授業そのものは少なかったのですが、語学力の弱さもあってとても苦労しました(いろんな人たちに助けてもらいました)。最終的に一つの論文にまとめるのにも、帰国のタイミングが重なったりしてズルズルと長引きました。それでも途中で投げ出さずに済んだのは、自分が本当にやりたいことに取り組むことができたからだと思います。

 そしてそれには、これまでの回り道が必要でした。学校で学んだこと、牧会の現場で働いた10余年、そこでの多くの出会い抜きに、本当の学びはできませんでした。悔いはあっても、無駄だったとは思いません。もし一時的になんらかの理由で何もできなかったとしても、“何もできなかった”経験に意味があります。思い出すと胸が苦しくなるような失敗も、あるいは喜びも、すべてが私たちの人生の糧になっているはずです。

 私たちはそのような積み重ねがあって過ごしているので、聖書を読んだり礼拝説教を聞く時に、その時々の置かれている状況によって受け取る(与えられる)メッセージが違います。これまでとは違った言葉に注目したり、見つけたり、共感することがあります。まさに聖書の言葉は神の言葉であり、生きて私たちのうちに働くものだということを知らされるのです。ですから、もうわかっている、知っていると言うことはできません。もし“わかった”と思ってしまったら、それはその瞬間に陳腐化し、古くなってしまっているのです。

 神さまのことも同じです。私たちは、目に見えない、とらえ切ることのできない、悟ることのできないものを、信仰によって受け入れるのです。だからこそ「昔読んだ聖書」を、もう一度じっくり読んでみてはいかがでしょうか。きっと新しいメッセージが聞こえてくるに違いありません。

2017年4月号「毎週がイースター」

 すでにご存知の方もいらっしゃると思いますが、東西にある某アミューズメントパークでは近年、イースターを季節のイベントとして取り入れているようです。ちょっとホームページを検索してみましたら、「かわいいイースター!(協賛:某マヨネーズ社)」とか「ファッショナブル・イースター」という文字が踊っていて、十字架もなければイエスさまも登場しません。こういうことは巷のクリスマスですでに経験していますから、いちいち目くじらをたてることもないだろうと思いつつ、受難節を歩み、主の復活の喜びを感謝しようとしている者にとっては心が騒ぎます。少なくとも教会では本当の意味でのイースターをお祝いしたいと思います。

 もちろん本当の意味とは、神の独り子、主イエス・キリストが人の手によって十字架にかかり、死んで、三日目に復活されたことの記念日です。ユダヤ教では金曜日の日没から土曜日の日没までを安息日としているので、キリスト教も当初はそれを踏襲していました。けれども後に、イエスの復活を記念する日曜日に礼拝を守るように変わっていったようです。言わば、毎週がイースターなのです。日曜日を「主日」と呼ぶのも、「主の復活の日」という意味が含まれているのだと思います。ちなみにイスラームでは毎日礼拝があるのですが、金曜日に合同礼拝が守られるのだとか。それぞれに特別な意味が込められているのでしょう。

 イースターは「春分後の最初の満月の次の日曜日」という決まりなので、クリスマスと違い「移動祝日」となっています。西方教会と東方正教会では、暦の違いから日付が違ったりするそうです。分かりにくいので固定にしてしまっても良いと思うのですが、どうなんでしょう。マンネリ化を防ぐという面もあるかもしれません。いずれにしても私たちはイースターに至るまでの受難節において、断食はしないまでも、普段よりも何かを少し控えめにするなどして、イエスさまの十字架への歩みを思い起こして過ごしたいと思います。

 「克己」(こっき/自分の感情・欲望・邪念などにうちかつこと)という言葉を使うこともありますが、悔い改めるということを口先だけにせず、具体的な行動に移すということは、誘惑の多い世の中で生きる私たちにとっては案外難しいことです。それでも、「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マタイ16:24)というイエスさまの言葉に励まされながら、まだイースターの本当の意味を知らない人々への証し人となることができるように歩みたいものです。そして来たるイースター礼拝では、共に喜び、お祝いしましょう!

2017年3月号「自分であることの自由」

 私たちは幸せなことに、自分が自分でいられる時代と場所に生きているように思います。しかしそれは当たり前のことではありません。

 2月19日(日)、サンフランシスコの日本町で、デイ・オブ・リメンブランス(Day of Remembrance 2017)が開催されました。私も3年前にこのイベントで牧師としてのお役目をいただき、平和を祈ったことを覚えています。毎年行われるこのイベントは、かつて日系人が強制収容所に入れられたことを思い起こすために行われています。第二次世界大戦が近づく中、日本人や日系人に対する差別が強まり、子供たちは公立学校への入学が許可されなくなりました。そしてついに75年前、職場も家も財産も全て没収され、全米10箇所に収容されたのです。戦後、これが間違いであったという認識が広がり、1988年にはレーガン大統領によって日系人に対して公式に謝罪と損害賠償が行われました。

 現アメリカ大統領が、イスラム教徒の入国を拒否しようとしたことは記憶に新しいです。この大統領令は司法当局により否定されたので、アメリカの良心が残っていたことにホッとしたものですが、今年のデイ・オブ・リメンブランスは例年より強い意志を持って参加された方々が多かっただろうと思います。しかしまだまだ予断を許さない状況です。

 日本の歴史も他人事ではありません。アイヌや琉球を搾取したり、文化を破壊しました。朝鮮の人々に日本語を強制的に教え、日本人の名を無理矢理に名乗らせました。最近まで漢名が訓読みだったのはその名残りでしょうか。そして今も、ヘイトスピーチといった恥ずべき差別が私たちの身の回りにあるのです。

 自分が自分であることの自由を奪われるという事態を想像してみてください。外国語を話し、外国の名前を名乗り、しかも二級市民として生きることを強制されるということは、どれほど苦しいことでしょうか。そしてそれが21世紀にもなって続いているという現実に、私たちはどれだけ真剣に向き合うことができているでしょうか。

 だからこそ私たちは、聖書に示されているイエスさまのみ言葉に真摯に耳を傾ける必要があります。私たち一人一人が神に造られ、愛されている者だということを知らされるとき、同じように神に愛されている隣人を大切にするのは自然なことです。人種や宗教、文化が違っていたとしても、それは変わりません。むしろ違いがあることを受け入れ、あるときは乗り越え、互いの尊厳を認め合う時にこそ、私たちは本当の自由を謳歌することができるのです。

2017年2月号「多様性社会」

 新年礼拝のあと、休暇をいただいてサンフランシスコに滞在してきました。現地の神学校で2度発表、ブエナビスタ教会(近隣教会)で行われている日本語の聖書研究、ウェスレー教会(山本一牧師)での説教があったので、ゆっくり休むという感覚ではなかったのですが、それでも自分の持ち場を一時離れてリフレッシュさせていただいたことに感謝しています。

 アメリカに行くたびにつくづく思わされるのは、そこに住む人々の多様性です。人種、宗教、性別、圧倒的な貧富の差といったようなものを目の当たりにします。もちろん日本でも「一億総中流」のような幻想は消滅し、外国人については労働者が100万人を超えました。それでもアメリカとは全く比べ物になりません。私が以前仕えていたパイン教会には、日本人、韓国人、中国人、フィリピン人その他がいましたし、それぞれ二世以降はアメリカ生まれのアジア系アメリカ人になっていくわけで、それだけで一人一人のヒストリーが異なります。移民の流入に加えて、ヒスパニック系の出生率が白人のそれを上回っているので、そう遠くないうちに米国は白人が少数派になるでしょう。まさに「人種のサラダボウル(色々な野菜が混在している状態)」といった様相を呈しています。

 そのような中で、ハードルや壁を乗り越えることのできるタイプの人々とそうでない人々が明確に分かれてきているような気がします。人種や宗教など、いろいろな課題を乗り越えようとする人は、多様な性のあり方や貧富の差などにも高い意識をもって取り組みやすいですが、逆にゲイやレズビアンなどの存在を受け入れられない人は、他の枠組みに対しても保守的な立場を取る傾向にあるでしょう。イギリスのEU脱退やトランプ大統領の誕生の背景には、その根底に保守と革新の間に起こる強烈な摩擦と、そこで生み出される不安と不満があるように思います。

 キリスト教にも、保守と革新があります。聖書の世界では、ユダヤ教が保守、キリスト教が革新、あるいはカトリックが保守、プロテスタントが革新という言い方ができたかもしれません(現代ではそうとも限りません)。今や宗教が世界をリードする時代は終わっていますから、共産主義と民主主義、そして双方に保守や革新が混在するという、混迷の時代を私たちは生きているのです。そういった摩擦を、一方的な暴力や壁の建設で解決しようとすることは愚の骨頂です。これまで不十分ながらも積みられてきた取り組みを軽視し過ぎです。

 「宗教」の社会に対する影響力が相対的に弱まっているとは言え、キリストの教えそのものが古びたり、劣化しているわけではありません。このようなときだからこそ私たちはキリスト者として、多様化した世界や社会の中でどのように誠実に生きて行くかということが、改めて問われているのではないでしょうか。

2017年1月号「恵みに応えて」

 クリスマスのお楽しみに引き続き、学校も冬休みに入り、お正月のお年玉を楽しみにしていた子ども時代でした。今や、クリスマスのバタバタの後に、大掃除をするか、年賀状を書くか、なんだか忙殺されてしまいます。お風呂に入っている間にいつの間にか年を越していたこともあります。年を越してそのまま神社へ行くという習慣もありません(拝むことが目的ではないので、話のタネに行ってみたい気もします)。教会によっては日本の風習に合わせて元旦礼拝を守りますが、今年は元旦が日曜日なので牧師としてはホッとしています。来年はどうしましょう?

 教会暦においては1月6日の公現日(顕現日)まで、特にキリスト教圏ではクリスマスウィークが続きます。というのも、公現日は主イエスの洗礼記念だけでなく、異邦人である東方の博士たちがイエスを探しあてたことに由来し、救いが異邦人にも及ぶという意味が込められているからです。お正月を楽しみつつも、神が私たちに与えられた真の光が世界を照らし、神の恵みが世の隅々にまで充満してゆくことを、私たちは2017年の最初に改めて覚えたいと思います。

 2017年は、神戸多聞教会創立140周年となります。ザビエルの日本宣教から468年、プロテスタント宣教から(沖縄を除いて)158年ですが、摂津第一公会と呼ばれた神戸教会(1874)、摂津三田教会(1875)、そして兵庫教会(1876)に続き、多聞は1877年に創立しました。私たちの教会の規模は決して大きくありませんが、プロテスタント・会衆派教会として長い歴史を有しています。ただし、伝統があれば伝道ができるわけではありません。これまで多聞教会を守ってくださった多くの先達者たちと神の導きに感謝しつつ、私たちの世代の責任を果たして参りましょう。

 神の恵みはこのように、距離と時間という二つの軸で広がっていきます。そのことを実感するためには、毎週、頑ななまでに礼拝を守り続けることです。そこから派遣され、与えられた賜物をこの世界で活かしながら仕えていくことです。「わたしの兄弟である最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである」(マタイ25:40)という言葉は真実です。私たちは与えることによって、かえって受けるのだという秘儀を、主イエス・キリストによって示されているからです。

 インマヌエルと呼ばれるみ子イエスは、2017年も私たちと共におられます。神戸多聞教会の上に、またここに連なる全ての人々に、恵みと祝福が豊かにありますように心からお祈りいたします。Merry Christmas & Happy New Year!


Kobe Tamon Church神戸多聞教会

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